11 題目:コソレン

1987年当時、
ローランギャロは誰もが認める素人集団だった。
そんな我々もしばらくすると、
試合が出来るレベルになってきた。
それと共にテニスが楽しい、もっとうまくなりたいという純粋な気持ちが芽生えてきた。

中には、テニス雑誌やコーチ書をもとに、
フォームから細かいテクニックに至るまで、
更にはボールが回転するメカニズムまでも徹底的に勉強する者もいた。

その典型が畑島くん(初代)だったが、彼は豊富な知識を持ちながらも、
それを実践できない、
特に試合になると全くの素人に戻ってしまう
というジレンマに苛まれていた。

そんな彼が火付け役になった行為がある。
人知れず練習する、こっそり練習する
"コソ練"
である。

もちろんこれは、もっともっとうまくなりたいという純粋な気持ちが原点なのだが、
雰囲気的には試験前に
「ぜんぜん勉強してない」と言いながら、
試験本番では良い点をとってやろうという卑劣な行為に似ていた。
彼のこの行動に気付いたRGメンバー達は、
何故か同じ行動をとり始めた。
皆がコソレンを始めたのだ。
練習の時間ではないのに何故かラケットを持ち、どこかに向かう。

時にはコソレンに向かう原チャリ同士が出くわすこともあった。
そんなに皆がコソレンをするのであれば皆で練習すれば良いとも思うのだが、
それではコソレンの意味が無いのだ。
こっそり練習して、他のメンバーに差をつける。
そこに我々は意味を見出していた。

しかし、コソレンには限度があった。
相手がいて初めて成り立つテニス。

コソレンでできることは、
素振り、
壁打ち、
壁相手のボレー&ボレー等
に限られていた。
サーブの練習なんかしてしまうと、ボールの回収が大変だった。

そこで次に始まったのは、ペアを組んでのコソレンだった。
畑島くんと私(鳥羽)のコソレンは、桧原コートでやっていた。
このコートは利用者が少ないのに加え、無料だった。

次の利用者が来るまで練習しようという条件で朝7時に練習を始め、
結局次の利用者が来なくて、
ボールが見えなくなる夕方6時まで練習していたこともあった。
若い頃は体力があったとは言え、
途中からは練習ではなく、意地の張り合いに変わっていた。

1988年 には RG に後輩達が入ってきた。
"コソレン"はどうも聞こえが悪い。
そこで我々は陰で練習するということで"カゲレン"と呼ぶようになった。
呼び名は変わっても、もちろん意味は変わっていない。
最近でも当時のメンバーに会うと「最近どう?」と聞く。
相手は決まって「忙しくて何にもやってない」と答える。
でも、実際には何かのコソレンをやっているかもしれない。

他人を疑う嫌な癖がついてしまったものだ。
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  by rg20aniv | 2006-10-01 11:00 | ローラン創世記

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